仲間の見つけ方

先日のセミナーで

ありのままの自分を見つめ、それを無理に押さえつけることなく素直に生きる。

そんなありのままの自分を受け入れてくれる仲間を大切にしよう。

とお伝えした。

すると、こんな声を聞くことがある。そんな自分を認めてくれる仲間に恵まれているさやか先生は良いなあと。私には仲間がいない。これから見つけていきたい。

そんな時、私は違和感を感じる。

実は、自分が鎧を着ると、相手も鎧を着る。また、鎧を着た人ばかりが集まってくる。

一方で、自分が鎧を脱ぐと、相手も鎧を脱ぐし、鎧を脱いだ人ばかりが集まってくる。

だから、全ては相手ではなく、自分なんだと。

「私は、ありのままの自分をさらけ出すこと怖いです。こんな私を誰も受け入れてくれないと思うから。」

そんなことない。みんな不完全だから。大丈夫。一番受け入れていないのは、自分自身だ。格好悪い自分、〇〇ができない自分。器量が悪い自分。足がのろい自分。などなど。それも含めて自分だ。隣の誰かさんではない自分。

そう。私自身は、さらけ出しているとは思っていない。表も裏もない。そのまま生きているだけ。恥ずかしいとも思っていない。バカにしたければバカにすれば良いと思っている。

でも世の中には、

「恥を晒して、すごいね。」

と言う人もいる。もう、恥という文化はこりごりだ。汚いものを隠す、辛いことは言わない。泣いてはいけない。失敗してはいけない。

そんなことない。

汚いものも出して、お掃除する

辛い時は泣く

泣きじゃくる

失敗したら、またやり直す

そうすれば良い。これは恥でもなんでもない。みんながそうであれば、自然と本当の仲間ができる。心から信じあえる。そういう皆んなに優しい社会を作っていきたい。