この世の中はパラダイス!?
今日は、私の妄想にお付き合い頂きたい。
もし、神様の領域があるとすれば、私たちから天国を考えると、パラダイスを想像するだろうか。
あの世では、人間関係の苦しみも、毎日の時間制限も、お金持ちの友達を羨むこともない。この世で言われる生老病死の苦しみがない。毎日自由にしたいことができる。食べたいものを食べることができる。老いることも病気になることもない。そんなパラダイスだ。
では、逆に、神様の領域(あの世)からこの世を見たら、こちらの世界はどのように見えるのだろうか。我々から想像するに、この世は修行と考える人も多いかもしれない。しかし、この世が、神様がちょっと一休みする休暇のようなものだと考えるとどうだろうか。
あの世では、神様は、使命を全うすることにとても忙しい。そして、生老病死の苦しみがないので、使命を途中で放り出すこともできない。その使命を全うするまで、ゆっくり休むこともできない。
そんな折、人間界(この世)にやってくると、ちょっと病気になったり、老いることによって、使命を全うできない理由づけをすることができる。人間の苦しみを味わうことで、小休止しているのかもしれない。
そう考えると、人が変わりたくない理由が、推測できる。自分の使命に気づいて、病気が治ると、神の領域の仕事を、この世でやらなければならない。ところが、病気でいたり、老化があれば、理由があるので、使命を途中で放り出すことができるのだ。
そうであるにも関わらず、神様の長期休暇の人間界で、使命に気づいて、どんどん自分を変化させることができる人がいるのだろうか。そんな人は、この世の寿命がきて、神の領域に戻った時には、さらに大きな使命を言い渡されることになるだろう。このような人は、自分の使命を全うし、自分も他人をも幸せにすることに幸せを感じることができる。現状を維持して失敗する恐れよりも、現状を変化させて成功することの喜びをよく知っているのだ。
さて、あなたはどちらの道を選ぶだろうか。
現状を維持して失敗し、この世の中で、文句を言い続けながら、老いる。
現状を変化させて、成功し、変化自体が楽しいと言いながら、生きる。
あの世から見たら、バケーションのこの世の中で、諦めるのは早い。自分の創りたい未来を明確にイメージしよう。