母親は交換できない

診療をしていると、しばしば、驚きの質問を受ける。それが、また私の気づきとなり、診療を進化させることができる。

結核菌に感染したら、抗結核菌薬を飲めば良い。
インフルエンザに感染したら、抗インフルエンザ薬を飲めば良い。
セロトニンが出なければ、セロトニンの再取り込みをブロックする薬を飲めば良い。

この延長にあるものが
膵臓がダメになって、糖尿病になったら、iPS細胞で膵臓を作って、取り替えれば良い。
医療に限らなければ
公園の遊具で、子供が怪我をしたら、遊具を撤去すれば良い
虐待がなくならないので、法律を変えれば良い

全部、短絡的思考だと思う。
それが、大事でないとは言えないが、多くの場合
それで解決することはない。
その時、解決したと見えても、また後で、別の問題が生じてくる。

なぜか。
その背景に、多くの要因が絡んでいるからだ。

公園の遊具を取り除いたら、子供たちの楽しみが減ってしまう。
面白い遊具ほど、怪我をするリスクを内包している。
そのリスクを全部取り除いてしまったら、子供たちが成長する場所を奪ってしまう。
ヨーロッパのある国の動物園では、
猛獣と近くで触れ合うことができるという。
もちろん、手を噛まれたりなどの事故は今までに起きている。
しかし、決して、頑丈な柵を作ったりしないという。
それは、動物園の責任ではなく、個人の責任であるという考えが中心にあるのだ。

現代の母親なら、こんな質問を投げかけることもあるのだろうか。
「子供の病気の原因が私ならば、私が出て行けば良いのでしょうか。」

確かに、子供の精神的な病気、不登校の大部分は、家族の問題であることが多い。
その際、母親ないし父親が、自分の人生に向き合い
子供と本当に向き合った時に、なぜか、子供が快方に向かったりする。

しかし、母親(父親)は、しばしば自分の人生に向き合うことができずに
本当に、家を出て行き、育児を放棄することもある。

その際、被害を被るのは子供である。
子供は親を交換することはできない。
そんな、未成年の子供たちは、大人の人生に何らかのメッセージを送り続けている。

一方で、子供たちに私は伝える。
「お母さんを許してあげて。あなたが思うより、大人はずっと未熟なんだ。
一生、気づかない場合もある。成人すれば、家から出て、自分の人生を歩めば良い。
あなたには幸せになる権利があるんだ。」

家族の問題に医師が介入することはできない。
でも、最近、なぜか、親子の問題を抱える人たちの来院が絶えない。
私のメッセージが伝わるかどうかは、相手の自由である。
ただ、私は、結果を求めず、伝え続ける努力はしよう。

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昨日の夕食
夫が鍋を作ってくれた。
白菜と豚肉、えのき、しいたけ、舞茸の水だきだった。
シンプルだけど、美味しい。

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