虫の知らせを大切にする
先日、HHCの理事会でランチをしていたら、こんな話があった。
一流の経営者は、虫の知らせを大切にすると言う。
私の義父は、地下鉄サリン事件の日に、東京へ電車で出勤し、一本後の電車に乗っていたら、今頃被害にあっていたと言う。
先日、手前の駐車場に車を停めて、道路を渡ってコンビニに行こうとしたら、すんでのところで、車に轢かれそうだった。自分の目の前を車が猛スピードで通り過ぎるのをみて、後5秒早く飛び出ていたら、死んでいた。そんな時、自分の中で、ざわざわ急いでいる感じがあったので、ゆっくり運転することにした。
何年も前のこと、大学院生でたまたま平日に休みが取れたので、叔父さんのお見舞いに行った。その日が最期となった。
叔母さんのお見舞いも同様で、今日が最期になると直感で分かった。お別れを言うことができた。
すんでのところで、命が助けられたり、死ぬ前の挨拶ができたり、そんなことがある。
ちょっと、あの人(患者さん)が心配だなあと思っていると、久しぶりに来院されたりする。
大学を卒業し、研修医を終えて、沖縄の県立北部病院で当直していたとき、看護師さんの虫の知らせにとても助けられた。「先生、あの人危ないから、先にみて下さい。」忙しい中で、その看護師さんが言うときは、理由を聞かないで駆けつける。すると、本当に危ない状況だ。トリアージが完璧だ。もちろん、科学に基づいた判断なのだが、その前に、彼女の第六感みたいなことが働いているのだ。
空気を読む、前兆を読む、虫の知らせを読む
そんな直観を大切にしていると、物事がうまく進むことが多い。仕事だけでなく家庭も同様だ。
どんなことにも前兆がある。それを無視していると、大きな事故に繋がったりする。天から神様が見ているのかもしれない。いろんな布石を置いておいてくれる。
しかし、それを無視するのも、それを大切にするのも私たちの自由である。そう言う意味で、神様は平等なのかもしれない。
人生の流れに乗りたかったら、虫の知らせを大切にしよう。