集合的無意識
天外伺朗さんの書かれた「無分別智医療の時代へ」という本を読み直していた。
病気の治癒には、意識の変容が欠かせないという。
この意識の変容に取り組み始めると、いよいよクリニックの医療がますます怪しい方向で誤解されてしまう恐れがあり、実は、見て見ぬふりをしてきた。
もっと、肉体レベルで改善できることに取り組もうと。
だから、今まで学んできた総合診療と、それ以外の医療とを組み合わせて、物質レベルでいつでも最善の取り組みをしてきた。
しかし、本を読み直して見ると
病気の治癒には、本人の意識の変容が欠かせないのだなあと、改めて実感している。
とても重症な病状でも、通院して、よくなっていく人と、そうでない人がいる。
何が違うのかと考えるが、こちらが納得してもらおうと思って、説明すればするほどドツボにはまっていく。何故ならば、集合的無意識で、この医療では病気は治らないんじゃないかと疑っている人にいくら説明しても届かないのだ。
これは、本人の意識とは違うから、ややこしい。
口で言っていることと、本当に思っていることに乖離があるのだ。
その乖離を埋めるのは、実は私の仕事ではないのではないかと思う。
本人の選択だから。
私は、そこまで介入できない。
医師は人間だし、そもそも、病気は本人のものなのだ。
私ができることは限られている。期待されすぎているのだ。そして、そんなに期待されても困りますよという説明がおろそかになっているのだ。
これは、医師患者関係において、お互いの怠慢なのかもしれない。