闘わない

「さやか先生は、どうやって医者になったのですか?」

と聞かれたことが何度かある。

???

医者というと、受験戦争という言葉があるから、闘い続けてなったのだと想像する方もいるようだ。

そもそも、受験は戦争か?

そもそも、勝ち負けなのか?

私はもともと、おっとりタイプで、あまり、争うのが好きではない。一方で、頑固で、これと決めたら譲らない。

だから、高校生のころ、医者になりたいと言ったら、絶対になれるよと応援してくれる先生と、お前正気かと心配してくれる先生がいた。私は、楽観主義者だったので、前者の先生の言うことしか聞かなかった。後者の先生の言うことは無視した。根拠のない自信で自分は受験に受かると信じていた。

ところが、高校三年生の時に、とある国立大学を受験したら、落ちた。最後まで、私の両親は、さやかは合格すると信じていた。特に母親は、なぜさやかが落ちるんだ?と言うくらい不思議そうにしていた。

1年浪人した。失敗したらどうしようという不安は一切なかった。もちろん人一倍努力をした。私の母親は、私が勉強しすぎて脳腫瘍ができたらどうしようというよく分からない心配をしていた。お陰様で弘前大学医学部に合格した。その時、私が楽観主義者でいられたのは、私よりずっと楽観的な母親の存在があったからだと思う。

模擬試験の結果も、高校の成績もろくにチェックしない母親が、さやかは受かると信じてくれた。

楽観主義者とはおめでたい。

母親は私に、勉強しろと一言も言ったことはない。ただ、彼女は信じてくれた。

私は自分を信じて、恐れなく、自分ができる限りの努力をした。

だから、通院している子供達の中に、医者になりたいという子が出てくるととても嬉しい。なりたいと思ったら、ぜひ、夢を持ってほしい。もちろん、医者に限らないが、大人は子供が持つ夢を楽観的に応援してほしい。

医者になって思ったこと。

それは、やはり競争社会であるということだった。

あの人よりも速く技術を身につけよう、あの人よりも多く症例を経験しよう。そんな時代も必要だったと思う。でも、やはり競争は好かない。闘う人生に終止符を打つと決めた。

自分のペースで、真の医療を追求する。

他人軸ではなく、自分軸で生きる。

40歳を過ぎて、やっと自分の人生のペースを知ることができたようだ。