変わりたくない

「ココ先生、こんにちは。今日は相談があって参りました。」

「Sさん、どうしたのかな?」

「はい。貧困な人、病気の人、困っている人がいると、なんとか助けることができないかと考えることがあります。」

「そうだね。人間は助け合って生きるものだからね。しかし、人を変えることはできない。さらに、相手は助けて欲しいなんて思っていないかもしれない。貧困だって、病気だって、その人が越えるべき人生の課題に向き合っている。本人は、その状況から抜け出したいと思っているかどうかなんて分からない。」

「そうすると、究極には、人は誰かのために生きていると言うのは幻想ではないでしょうか?」

「まあ、究極にはそうとも言える。むしろ、誰かのために生きることで、自分がもっとも救われ、自分自身が成長するのだ。」

「しかし、相手を変えることができず、自分のみが成長するのだったら、生きている意味がないのではないでしょうか。」

「そんなことはない。君自身がこれまで成長してこられたのは、君の周囲の人たちのおかげではないんかな?そして、周囲の人たちは、君に教えようと思って何かを教えただろうか。君に変わって欲しいと思って何かを伝えただろうか。」

「あまり、そんな記憶はありません。」

「そうさ。君は、周囲の人たちが真摯に人生に向き合っている姿をみて、気づきを得て、成長したきたはずだ。もし、誰か大人が、君に押し付けがましく何かを教えてようとしたら、それは拒否していただろう。」

「はい。幸い、そんな大人は周囲にいませんでした。」

「つまり、君自身も自分の人生に真摯に向き合うことで、勝手に影響を受けて変わっていく人たちはたくさんいる。そのほうが楽しいと思わないか?楽しく何かをしていることで、周囲にその振動は伝わっていく。それは力を入れない方が良いのだ。」

「なるほど。どうしても伝えたい人がいるのですが、その人はどうやってもこちらの言っていることが伝わらないし、こちらが力を入れるほど、拒否されます。」

「相手の人は、変わりたいと、君に助けを求めたのかな?」

「いえ。う〜ん。明確に、助けは求められていません。でもどう考えても、回り道をしているし、見ているともどかしいから、もっとこうしたら良いのにと伝えたくなります。」

「それは無理さ。相手は、変わりたくないのだ。それこそ、冒頭に言ったお節介だ。だから、もっと力を抜いて、相手の成長など期待せずに、楽しく発信しなさい。そうすれば、君自身はもっと成長し、その姿を見て、周囲はとても影響を受けて、人生が豊かになる。すると社会全体が豊かになるのだ。」

「はい。分かりました。結果を期待せずに、楽しく発信していきます。ココ先生。ありがとうございました。」