人はなぜ、考えるのをやめてしまったのか

バイオレゾナンスを学び始めた頃、学会では、常識を覆すような質問が飛び交った。

「なぜ、粘膜の免疫抗体はIgAなのに、ワクチンはIgGとして接種して、効果を期待できるのか?」

考えると不思議で、IgGを血中に作り出すよりも、鼻粘膜でIgA抗体を作った方が良いに決まってる。すると、そんなワクチンが欧米で使われているが、なぜか、日本にはまだ流通していないと言う。

「骨粗鬆症の薬は、顎骨壊死を引き起こすと言う副作用が発表された。歯科治療する際には気をつけようというが、歯科治療しなければ、問題ないだろうか?」

これに対して、骨代謝を止める薬であるから、全身の骨の代謝に影響するはずである。

「アトピー性皮膚炎には、ステロイド外用薬が適応になっているが、皮膚の炎症にはステロイド耐性ができて、どんどん強いステロイド剤が必要になる。一番強い薬を使ったあとは、どうしたら良いのか。経皮吸収されるステロイドの全身へのホルモン系への影響はないのだろうか。」

病院では、脱ステロイドといって、ステロイドを塗らない患者たちをバッシングするが、果たして、では、根本治療は存在しないのか。

実は、私は、勤務医の頃、このようなことは、疑問にすら思ったことがなかった。医学部で習ったこと、厚労省から指示されている事を疑うことはなかった。今から考えれば、思考が停止していた。

これは、何も医療に限ったことではない。教育でも政治でもそうである。自分の頭で考えれば、おかしなことはたくさんある。

そんな疑問は大切にした方が良い。ちょうど、2011年、私の脳のゲートが開いたのだ。

そして、脳が本来の力を発揮するようになってからは、現代の常識に対する疑問が尽きない。

 

時々、思う。

未来にタイムスリップして、将来のドクターに聞いたみたいと。

今の医療をみて、どう思うだろうか。

 

何と不自然で、野蛮だと思うのではないだろうか。自然科学による現代医学も、きっと、未来からみたら、野蛮なはずだ。とは言え、もう、ハーネマンの時代の自然療法では通用しない。現代の汚染まみれの地球上に置いて、現代版自然療法が必要なのだ。それが、統合医療なのか、調和の医療なのか分からないが、新しい形の医療が必要なのだと思う。

 

実際に、私たちだって、200年前の瀉血療法、穿頭術をみて、何と野蛮だと思う。一方で、当時の自然療法は素晴らしいと思う。

逆に、過去にタイムスリップして、現代版自然療法の開拓を相談したい先人がいる。40年前のポールシュミット博士、90年前のエドワード・バッチ博士、200年前のハーネマン博士だ。

「植物の力を最大限生かし、地球の力を最大限生かした自然療法を現代に活かすにはどうしたら良いでしょうか?」

「自然の声に耳を澄ませなさい。地球に感謝しなさい。そして、人間の魂を信じることです。」

そんな声が聞こえてきそうだ。