標準的とは何か。

大学病院に勤めているときに、肺がんの術後の患者さんが

「息苦しいです。息を吸うと、左胸の痛みがあります。」と訴えた。

すると、担当の医師は

「あなたの症状は、標準的です。大丈夫ですよ。」と伝えた。

 

さて、あなたの症状は標準的ですと言われて、あなたは安心するだろうか。

さらに、あなたの治療法は標準的ですと言われて、安心するだろうか。

「あなたの鼻炎症状に対して、標準的な治療として、抗アレルギー剤を処方します。」

これは、何も西洋医学に限ったことではない。代替・統合医療に置き換えてもそうである。

「あなたの湿疹に対して、標準的な解毒治療をします。」

と言われて、ハーブやサプリメントを処方されて安心するだろうか。

 

一方で、

「あなたの症状は、あなたの生活習慣に基づいた症状です。」

「あなたの症状に対して、体質に合わせたオーダーメイド治療をします。」

と、体質別の漢方薬やドイツ振動療法などの自由診療を勧められた時、それを受けるだろうか。

 

私は、既製品の洋服を買うよりも、私の体格に合わせた私だけの洋服を作ってもらう方が断然嬉しい。

日本中、どこでも手に入るアクセサリーよりも、地元の作家が作った、ここでしか買えないアクセサリーの方が断然嬉しい。

医療も同様だ。誰もが受けている標準的な医療よりも、私の体質に合わせたオーダーメイド治療の方が断然嬉しい。体格も体質も他者とは異なる。ゆえに、自分に合った治療法を提案してくれるのは嬉しい。

 

一昨日、「量より質が大切」という話をした。まさに、それは医療の分野でも同様であある。

サービスを受ける側も、提供する側も、量ではなく、質を追求するべきである。自分が得意で、他の人はなかなかできない仕事を成し遂げられた時、人は生きがいを見いだすことができるのだ。

現代社会にとって、質の追求はQOLに直結する価値観となるだろう。

標準化よりオーダーメイド治療を。